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先は長くまた厳しく険しいものなのだ!
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 「桜が咲き乱れる光景ってのは、素直に綺麗だよな」
と、窓の外の風景を見て鷹人は溜息をついてみた。

 ここは岩手県立加賀埼中学校――岩手県内では有数の公立中学校である。進学高校への進学率が極めて高い事で有名なこの岩手県南部に位置する中学校は、なぜか小高い丘の上に建てられてあり、校舎までの距離約500mの坂道、通称"非情街道"は、登校する生徒にとっては正に地獄でしか無く――そして遅刻回避における、最大の難関となっている。初代校長が「勉強ばかりしていては体がなまってしまうから」という理由でこんな無茶なものを作ったかどうかは定かでは無い。下校は楽と思われがちだが、校舎を覆うこれでもかと言わんばかりの森林や草木から湧き出る、途切れる事の無い葉や枝の群れが、自転車で坂道を駆け下りようとする生徒の安心感をことごとく粉砕するしてしまう事でも有名だ。時には教師のハンドルですら奪ってしまうとか奪わないとか――そんな生徒の恨みが募った坂道を超えた場所に、不来方中学校の校舎は存在する。
 広大な敷地の上にそびえる、3階建て東校舎の2階。2年A組の教室の窓からは外の景色が見える。校舎を囲むように植えられた桜は、春を待ってましたとばかりに見事な花を咲かせていて、風が吹くたびに校舎に花びらが入ってくるのだった。丘の向こうには駅が見え、せわしなく走り続ける車の行列は街中を駆け回っている。天高く昇った太陽が、お気楽気分で暖かな陽気を奉仕してくれていた。

 「…このまま寝られたらどんなに気持ちいいか…」
 ざっくばらんに切られ放題であちこちを向いていた髪をかきあげ、楽藤鷹人(らくどう たかひと)は、右腕を窓枠に寝せ、その腕枕へと顔を寝かせていく――。窓際の席とは、なかなかどうしてこうも惰眠へと誘う魅力を持っているのか。そうだ、窓際なんてものを開発した学校設立者が悪いんだ、こんな変な構造にするから睡魔にやられてしまう奴と逃げ延びる奴とが出てしまって、そこから成績の格差が生まれてしまうんだ……そんな突拍子も無い事を考えながら、そのまま――

 そのまま後ろから叩かれて窓を飛び出し紐無しバンジーをやらされる所だった。

 ぎりぎり、というか全生命力を賭して、腕力で体を衝撃から支え切り……そして椅子にがたん、と座り込んだ。背もたれが軋み、まだワックスをかけたばかりの床がエネルギーを逃がしてくれた。心臓が、忘れていたかのようにばっくばっくとビートを刻み始める。
「……っはっ…し、死ぬ……ッ!!」
「鷹人、まだ眠いの?午前中ほとんど寝てたじゃないか」
 ノートを丸め、手で叩く仕草が妙に似合う男――亜相壮介(あそう そうすけ)が鷹人の隣に立っていた。肩まですらりと整列するストレートの髪。癖っ毛の女の子が見たらさぞかし切り取りたくなるだろう、と物騒な事を考えざるを得ない。飄々とした物腰に、ぴんと伸びた背。学生服の首の襟をきっちり留めたその佇まいは、優等生という言葉を使っても遜色無い――そう思わせるだけの態度とオーラを有していた。
 鷹人とは幼稚園からの付き合いである――いわゆる幼馴染というやつだ。
「ほら、午後の数学のノート。どうせ宿題やってないんでしょ?」
「うるせぇ。やってないんじゃない、わかんなかったんだ」
「それはそれでよろしくないよね……」
 さんきゅ、と小さく呟き、鷹人は先刻自分を生命の危機にまで追いやったノートを奪還した。数学は苦手だった。算数もわけがわからなかったが、数学はもっとこんがらがってしまう。どんな問題でも難なく解決してしまう壮介にはいつも頭が上がらなかった。もちろん、ただというわけにはいかない事は知っている。ノートを開き、宿題だった問の答えを自分のノートへと書き写していった。
「それでさ、鷹人。話があるんだけど」
「あー、わかってるって。今回は何?鶏小屋の掃除か?非情街道の掃除当番か?ま、まさか職員室に爆竹投げ込んで自爆テロをやれ、とかっ……!?」
「勝手に僕をテロリストにしないでよね……いや、今回はちょっと違うんだ。お願い、みたいなもんかな」
「ん、うん?何だ、お願いって」
「ゲームやらない?」
明らかに変な質問、もといお願いだった。なぜなら、毎日のように放課後は遊んでいるのだ――家は徒歩3分の距離、家族ぐるみの付き合い。生まれた時に使ったベッドも同じだったらしい(どうでもいいんじゃないかと思うけど)。それなのに、「ゲームをやらないか」、とは。奇妙奇天烈もいい所である。
「……気味悪いな、その言い方。先週買ったRPGはどうしたんだ?また飽きたのか?」
「いや、もう3周し終わったよ。だから飽きちゃった」
「まだ攻略本出てないよな、確か……」
壮介は頭の回転が物凄く速い。その上正確と来たもんだ。勉強はもちろんの事、その驚異の性能は他の分野でも遺憾なく発揮される。
「カードのゲームなんだよ」
「カード?トランプ程度ならたまにやるじゃん」
「違うよ。トランプより面白いんだ」
「どんなゲームさ」
「うーん……簡単に言うと、魔法使いになって遊ぶゲームなんだ。『自分で駒を選べる将棋』みたいなものかな」
「へぇ……なら俺全部飛車にするわ」
「じゃあ僕は全部王将……って1手で決着ついちゃうよ!1ターンキルじゃないか!友情コンボだよ、それ!」
「何言ってんだお前……わけ分かんねぇぞ」
「ともかく、凄く面白いんだ。僕がもう1年もやってる、って言えば、どの位面白いかわかるでしょ?」
 実は、この幼馴染、頭の回転が速い代わりに飽きっぽい性分にならざるを得ないのだ。頭の回転が速いという事は、色々な事――重要な点や一番いい所、悪い所、攻略方法等――がすぐわかってしまうという事でもある。そのため、さきのゲームの話のように、すぐに飽きる――すぐに"分かって"しまうのだった。
 終わりが――物事の限界が。
 辛うじて、勉強だけは限界の無い――覚える事は山ほどある上に、尽きる事も無い――ため、飽きずに続けていられるらしい。しかし、彼の脳には一体どれ程の知識が詰まっているのか、鷹人には分かるはずも無かった。きっと自分の50倍は記憶力があるんだろうな、と思った。
 そんな壮介が1年「も」続けているゲーム……一体どんなものなのだろうか。そういえば壮介の机の引き出しに何かカードの束が入っていた気がする。特に何も聞かなかったが、こう1年もの間を置いている、という事は、余程面白いか、難しいか、の二択しか無い。そして、余程難しいものは、鷹人には勧めて来ないのだった。
「んー……それって多分買うんだろ?今月小遣い厳しいから2000円位しか使えねぇぞ」
「それだけあれば十分だよ。欲しいのがあるんだったら僕のもあげたりするしさ。

――魔法使いになってみない?」
「……よし、興味が湧いたぞ。その話、乗った」
「おっけ。じゃ放課後行ってみよう」
「おうよ」

 ノートを写しつつ、ふと窓の外を見てみる。相変わらず太陽はのんびり屋だし、桜もまだまだやる気まんまんだ。いつもと変わらない景色に思えた。普通の、日常の、光景。
 しかし、心の奥でノックし続けるものがあった。
 ――壮介が1年も続けられたゲーム、か。
 元々ゲームは好きだ(少なくとも勉強よりは)。しかし、カードゲームというのはやった事が無い。
 『自分で駒を選べる将棋』。
 ――多分、飛車だけじゃ面白くもなんともない――よな。

 内心、期待の二文字が踊り始めようとしていた。あの壮介をがっちり掴んだゲームがあるなんて。それもコントローラーが無い奴だ!
 放課後はいつも待ち遠しい。
 でも、放課後ってのは必ずやって来るもんだ。
 ――魔法使い、か。
 今日なら非情街道をブレーキ無しで下れる――そんな気が、した。

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