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先は長くまた厳しく険しいものなのだ!
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 もちろん非情街道の名前は伊達じゃなく、鷹人は派手に素敵に自転車ですっ転び3m程吹っ飛んだ。

 「……ぐぁぁ、俺ってかっこ悪ぃ……」
 太陽はもう満足したらしく、地平線の向こうへと沈もうとしていた。既に4月――春とはいえ、岩手県は東北に位置している。即ち、北国と表現しても遜色は無い。冬の名残りか、まだ夜や夕方は肌寒いのだ。ひゅう、と吹いた風が、桜の花びらと落ち葉を舞い上げ、大の字に打ち付けられた鷹人の上へと降り積もった。まだ下校時間中なので、他に非情街道を下る生徒もまばらに存在している。大半は転んだ男子への嘲笑を、また、ほんの少しの理解ある自転車通学生(無論降りて押している)は、挑戦心に溢れる猛者への尊敬と同情の入り混じった眼差しを向けていた。
 ――流石非情街道、伊達じゃないか……

 「馬鹿ーっ!だからこんな日に自転車で下るなんて無理なんだって言ったんだよ!」
 坂の上から自転車を押して、とたとたと走って来る人影があった。小さめの通学用自転車が巨大に見える程小さな体で必死に手押しして来るが、いつ転ぶかこっちが冷や冷やさせられてしまう(こっちが大変だってのに、だ)。肩まで伸ばされた髪は、先が外に跳ねてしまっている。背は小さいが、華奢な体で精一杯背伸びしている――そんな印象を与えてしまう程元気が滲みだしているように見える。壮介には「元気の塊を丸めて壁にぶつけたらこうなる」と表現されてしまった事がある位だ。
 彼女の名前は絵古乃美鳥(えふるの みどり)――壮介と同様、鷹人とは幼稚園からの付き合いの幼馴染である。
 「今日ならいけると思ったんだけどなぁ……」
 そうぼやきながら立ち上がり、花びらやら落ち葉やらを叩き落とす。坂道に敷き詰められた草木のお陰か、転んでも衝動は緩和される上に大怪我はしなくて済む場合が多い。美鳥は自転車を体全体で停止させ、花びらまみれになった鷹人の鞄を拾い上げてぱたぱたと払った。
 「けがしてない?大丈夫?」
 「お陰様でね」
 「病院行った方がいいんじゃ」
 「だから大丈夫だって……」
 「体だけは頑丈だからねー」
 と、壮介が後ろから追いついて来た。昔からよくある光景なので慣れきっているようだ。頭はそこまで良くないが、代わりに体が頑丈な事は壮介は重々承知している。歩みを止める事無く坂道を降りようとしていた。
 「行こう、鷹人」
 「おうよ」
 「二人とも、今日どこ行くの?またゲーセン?」
 美鳥の顔がわずかに曇る。おそらく最近ゲーセンに入り浸りで夜が遅くなりがちな鷹人達を心配しているのだろう。昔から過剰過ぎるほどに心配性なこの幼馴染は、きちんとその性格を発揮しているようだ。だが、今日は違う。
 「違うよ。えーと、どの店に置いてあるんだ?」
 「ぶらり屋に行こう。あそこならスペースもあるからすぐ遊べるしね」
 「新しいゲームでも買うの?」
 「だから違うんだなぁー、これが。

――魔法使いになりに行くのさ」
 「魔法…?」
 きょとん、としている美鳥を置いて、鷹人と壮介は自転車を押して歩き始めた。気になったのか、「あ、ちょっと、待ってよ!」と、美鳥は慌てて後ろを付いてくるのだった。

 ぶらり屋――加賀埼中学校からは駅を挟んで徒歩15分、自転車ならばその半分以下の時間で到着出来る位置にあるそれは、ゲーム全般を取り扱う、その地域では知らない男子は居ない程の規模を持つゲームショップである。壮介曰く、テレビゲームだけで無く、ありとあらゆるゲーム――TRPGやTCG(鷹人にはよくわからなかったが)等――を取り揃えているらしい。もちろん、鷹人も何度も来ているしお世話になっているが、ゲームソフトのコーナー以外にはあまり興味が無かったため注視した事は無かった。店の前、車4台が収まるスペースの脇に自転車を停めると、壮介がまず店に入っていった。財布を確認しつつ、鷹人は後ろをとことこと付いてくる美鳥と一緒に自動ドアをくぐった。
 ぶらり屋は2階建ての建物で、1階が販売コーナーになっている。入口の真正面にはカウンターがあり、店主――通称ぶらりさんが座っていた。運動は苦手そうに見えてしまう、恰幅の良い体に、話しやすそうな柔らかい雰囲気をまといつつ、カウンターの奥の椅子に鎮座していた。実は空手の有段者という噂を聞いた事があるが、真相は定かでは無い。店は入口とカウンターを結ぶ一線で大きく右側と左側に分けられており、入口から見て左側にはテレビゲームやそのソフトが置かれているコーナーがある。鷹人はいつも左側のコーナーにしか興味が無かったため、右側のコーナーには目を向けた事も無かった。壮介に連れられて、その左側――カードが入っているようなパックや、カードが箱に入れられてガラスケースの上に置かれているコーナー――へと足を向けた。

 「おぉ……すげぇな……」
目の前の壁には大きなドラゴンやら何やらが描かれた格好良いポスターが貼られており、ガラスケースの中には大量のカードが厳重に保管されていた(なんとなく美術館とかを思い出した)。そのガラスケースの上には、どことなくアメリカ等の外国を連想させるような絵が描かれたパッケージに彩られた物が沢山並べられていた。数を数えるのも大変な位、大量に、だ。今まで見た事の無い光景に、鷹人は驚きを隠せなかった。
 そのパッケージの多くには、

『Magic:The Gathering』

と書かれていた。成程、確かに魔法使いになれそうだ。
 「こ、こんなにあるのかよ……」
 「はは、沢山出てるからね。でもまずは少しずつ買わなきゃね。全部揃えようとしたらお金がいくらあっても足りなくなっちゃうし」
 「どの位種類があるのさ」
 「軽く1万は超えてるよ」
 「い、1万!?それ全部揃えろってのかよ!?」
 「違う違う。えーっと、このカードゲームは10年以上も前から発売されてるんだ。だから種類は数えきれない位あるよ。僕だって昔のは全然知らないしね」
 「……なんか途轍もない物に巻き込まれた気がしてきたんだが」
 「気にしないでよ。全部のカードを持ってないと勝てないわけじゃ無いから。それじゃ……そうだね、まずはここら辺から選ぼう。日本語だし」
 「おい、ちょっと待て。日本語だしっ、て、英語のもあるのか?」
 「言って無かったっけ?発売してるのはアメリカにある会社なんだよ。それを全国で色んな言語で販売してるんだ。だから英語はもちろん、日本語や中国語、ドイツ語版なんてのもあるよ」
 道理でパッケージのイラストがアメリカチックなわけだ。ゲームでお馴染みのファンタジーとはいえ、やはり本場の雰囲気は一味違う凄味があった。
 「お、おぉ……つ、ついてけなくなるから一度無視しよう……」
 「始める分には日本語じゃなきゃ読むの大変だしね。で、ここら辺とか、どう?」
 そう言って壮介が指さした先には、大きく"SHADOW MOOR"と書かれていた。小さいパッケージの他にも、トランプケースより少し大きい箱が沢山並べられていた。なんとなく暗い雰囲気のするパッケージのイラスト。シャドウ、と言っているんだから、邪悪な感じなのだろう、と感じた。
 「なんだか、沢山あって、どれを買えばいいか迷っちゃうね」
 と、黙ってついてきていた美鳥が突然口を開いた。壮介もびっくりしている。ただついてきているだけだと二人とも思っていたからだ。慌てて鷹人が後ろに話しかける。
 「えーと、美鳥さん?それはどういう事でしょうか?」
 「うん?んー、このゲームって、壮ちゃんもやってるんだよね」
 「そうだよ」
 「それで鷹人もやるんだよね」
 「その予定ですがそれが何か」
 「じゃあ、私もやってみる」
 「………………へぇー」
 「な、なによぅ、その『お前にゃ無理だ』っていう細目はっ!!」
 「いや、別に……お前もっとかわいいものが好きだと思ってたから」
 殺伐としているダークな雰囲気(シャドウっていう位だし)や、ドラゴンやら天使やらといったファンタジーちっくな世界を目の当たりにして、そんなゲームに興味を持てる女の子というものを、鷹人はあまり見た事が無い。男子のゲームの話だとかには女子は首を突っ込んで来ない事もよく知っていたし、ましてや家中にぬいぐるみが飾ってある美鳥が、こんなゲームを――しかもカードゲームだ――やりたがる要因は何一つ無い。そう思えたからだ。
 その割には、鷹人と壮介が遊ぶものには混ざって来ようとする。――案外気を使ってしまうものなのだ。
 「怖いカードばっかりじゃないからね、綺麗なカードも沢山あるし。それにきちんと覚えれば美鳥だって遊べるよ」
 「じゃあ、やってみたい!もう決めた!」
 こう言いだすと何を言っても無駄だという事を、鷹人は嫌という程知っている。昔、体育の授業でなわとびの二重跳びが出来なかった時に、「出来るまで付き合ってもらうから」と言い出し、本当に出来るまで付き合わされた事がある。何度コツを教えても出来ない美鳥に、鷹人は夜中まで(美鳥は親に何を言われても聞かなかった)必死に二重跳びを見せたのだった。結局二重跳びはいつまで経っても出来ず、泣きじゃくる美鳥が泣き疲れて寝るまで鷹人は起きていなければならなかった。
 ――閉店まで説得するのは面倒だし、飽きるまで待つか……
 
 「……で、一体どれを買えばいいんだ?」
 「うーんと、まず売ってる種類には大きくわけて3つあるんだ。まず、これ」
 壮介は一番小さい――パッケージングされた小さいパックを手に取った。
 「これが"ブースターパック"って言って、中にカードが15枚位入ってるんだ。なにかカードを追加したい時や、少しだけカードが欲しい時に買うといいよ」
 「文字通りカードを"ブースト"するって事か?」
 「うん、そんな感じ。でも土地が入って無いから、今回はこっちのうちどっちかにした方がいいかな」
 小さいパック、ブースターパックを戻し、今度は箱に入っているパッケージを手に取る。
 「これは"スターターパック"。カードは75枚入ってるよ。そのうち30枚は土地カード。このゲーム、Magicは土地が無きゃ遊べないから、これを買うといいかな」
 「"スタート"するためのパックか。ん、ここまでは俺でも理解出来るぞ」
 「じゃあこっちは?そのスターター……で合ってる?のパックとは絵が違うよ」
 あぁ、そっちはね、と言って、壮介は美鳥が指さした箱を手に取る。確かに、スターターパックとは絵柄が違っているようだ。しかも絵の種類は沢山ある。
 「こっちは"テーマデッキ"、別名構築済みデッキ、っていって、あらかじめ遊べるように選ばれたカードが60枚入ってるんだよ。買ってすぐに遊べるようになってるんだ」
 「ん?なんでスターターなのにすぐに遊べないんだ?」
 「ははは……細かい説明は後にするとして、今回は二人ともこの"テーマデッキ"から始めてみようよ。すぐに上で遊べるし、分かりやすいしさ」
 「ま、まぁ後で聞くよ。どれが一番強いんだ?」
 「一番強いのなんて無いよ、鷹人。それが分かってたら僕はこのゲームを続けて無いだろ?それじゃあ、えーと、まずは……」

 「まずは色を決めないといけないな」

 突然、声が後ろから降ってきた。3人とも驚き、後ろを振り返る。
 黒いスーツに身を包んだ一人の男の人が立っていた。いや、仁王立ちと言っても過言では無い、そう言わしめる程の威圧感、や、オーラ、とでも言える何かを持っている――そう感じさせられる人だった。後ろに綺麗に流したオールバックが印象的だが、それを両耳につけられた大量のリング状のピアスが打ち消してしまっている。鷹人は気圧されつつ両脇の二人の様子を窺うが、少なくともこのスーツの男を知っているような雰囲気では無かった。
 「あぁ、会社帰りなんだ。気にしないでくれ。私は本宮。宜しく」
 「は、はぁ……」
 外見とは裏腹の優しそうな声と物腰の男――本宮に、鷹人は緊張していた筋肉をほぐしてしまった。と、同じように緊張が解けた美鳥が問いを返す。
 「色ってなんですか?」
 「Magicには色が5つ存在している。白、青、黒、赤、緑――それぞれの色には特徴があって、その色毎に様々なカードが散りばめられている。どの色を使うかはゲームの開始前に決めておかなければいけないんだ」
 「色かぁ……壮介、どの色が一番強いんだ?」
 「鷹人、一番強いものってのはこのゲームには無いんだよ。それぞれ色毎に特徴があるし、色毎に仲の良い色と仲の悪い色があるんだ。相性もあるし、色を組み合わせて戦う事も出来るよ」
 「むー、そう言われると迷っちまうなぁ……」
 「そこで、だ」
 ずらぁ、と、本宮は懐から何かを取り出した。紙製のそれは、茶色いカードだった。『Magic:The Gathering』と書かれている所を見るに、おそらくはこのMagicというゲームのカードなのだろう。まじまじと見たのは初めてだった。本宮は、そのカードの束を、マジシャンよろしく、かっかっかっ、とトランプのように混ぜてから、しゃっ、と綺麗に扇状に広げてみせた。
 「この中から1枚引いてみないかな、鷹人君」
 「この中から?」
 「あぁ。このカードの中には、さっき言った、白、青、黒、赤、緑、それぞれ1枚ずつ。そして、それらの色の組み合わせ――白青や緑黒とか、ね――10個から1枚ずつ。これに加えて、色を持たない無色のカードが1枚。合計16枚カードが混ぜられている。この中から引いた1枚の色のカードのパックを購入して始めてみないかな?」
 「無色なんてのもあるのか……外れみたいなもんかなぁ。んー、弱そうな色だったら嫌だなぁ」
 「色の説明しようか、鷹人?お言葉ですが、本宮さん、それじゃあ完全に運任せじゃないですか。きちんと色の特徴を知ってから選ぶべきじゃあ……」
 「もちろんだ、壮介君の言う事にも一理ある。苦手な色に手を出す必要は全く無いし、面白く無いしな。だが、私は運試し程度でいいから引いてみないか?と提案してみているんだ。気を悪くしたなら謝らせてもらうが……しかし、"運任せ"。このゲームは運が勝負を左右すると言っても過言では無い。君はそれを知ってるだろう?」
 「えぇ、まぁ……そうですが……」
 「運試し、か。悪くねぇな。……壮介、引いてみるよ」
 「いいのかい?君があまり好きじゃなさそうな色だってあるんだよ?」
 「いいよ。これも何かの縁だしな。じゃ、本宮さん、引かせてもらうぜ」
 「あぁ。直感で選ぶといい」
 鷹人は16枚のカードを直視する。全部のカードは茶色で、一見何色のカードが隠されているかは全くわからなかった(トランプだってそうなんだ、何かわかってたら面白くない)。
 ――直感でいいや。これも何かの縁だ。
 右手で左腕の手首を掴み、左の拳を握る――鷹人がよくする、いわゆる願掛けというやつだ――ぎゅっ、と握った左手に全神経を集中させ、気合を込めて、左手で――

 ど真ん中の右側の一枚――ひゅっ、と抜き取り、恐る恐る、表を見た。

 「……えーと、こりゃなんだ……英語だな。んー、ば……ばっど…らんず?」
 「ちょっと見せて、鷹人。……《Badlands》……デ、デュアルランドだ……!真近で見たのは初めてだ……」
 《Badlands》――鷹人が引いたカードには、上にそう書かれていた。暗い感じのする絵に、カード全体にはなんとなく黒と赤が入り混じった雰囲気がするカードだった。真ん中にはLandと書かれている。いわゆる土地って奴だろうか、と鷹人は思った。
 「すげぇのか?このカード」
 「1枚3千円はくだらないよ」
 「3千円ッ!?ちょ、ちょっと待て。Magicってこんなカードがごろごろしてんのか!?」
 「一番高いカードで数万単位は軽いのもあるよ。ま、それは後で話すとして。本宮さん、《Badlands》って事は……」

 「おめでとう、鷹人君。"黒赤"――それが君の選択した色だ」

 「黒赤……どうなんだ?壮介」
 「黒赤は……確かに君には合ってそうな色だね。平たく言うと、闇と炎の力を使う色だよ」
 「闇と炎か……おいおい、カッコいいじゃねぇか、俺にはぴったりな感じだ!おし、決めた!俺は黒赤から始めるぞ、壮介!」

軽い気持ちで引いた1枚のカード。
たった一度、初めて引いた、1枚のカード。
鷹人はその色に準じた。準じる事にしてみた。

黒と赤の色に見染められた。

 「……君は黒と赤のマナを支配する魔法使い足り得るのかな、鷹人君」
本宮は、そう、ぽつりと呟いたのだった。

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北海道は道東・釧路にて様々な暗躍を細々と行う学生です。ここでは小説をば。
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